COLUMN

2022.02.04

COLUMN今見るべき映画/ドキュメント/環境/食糧/畜産/SDGs

すぐにでも菜食を始めたくなる?映画『ゲームチェンジャー: スポーツ栄養学の真実 』


屈強な体で攻撃に耐えつつ相手に喰らい付いて敵を倒す格闘家。絞り込まれた体で誰よりも早く走る陸上選手。超人的な力で重りを持ち上げる重量挙げの選手。

常人では考えられないような身体能力を発揮するトップアスリートたちは、どんな食生活を送っているのでしょうのか?最新のスポーツ栄養学では、菜食と肉食、どちらが良しとされているのでしょうか?

『ゲームチェンジャー: スポーツ栄養学の真実』(原題『The Game Changers.』)はルイ・シホヨス監督による2019年公開のドキュメンタリー映画です。シホヨス監督はアメリカ生まれの写真家で、写真ジャーナリズム誌『ナショナルジオグラフック』の制作に関わっていました。日本のイルカ漁を批判的に描いて大きな話題を呼んだ2009年公開の『ザ・コーブ』(原題『The Cove』)の監督でもあります。『ザ・コーブ』は2010年にアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞しました。

『ゲームチェンジャー: スポーツ栄養学の真実』のナビゲート役を務めるのは米海兵隊やSWATなど、政府機関の格闘家のエリートに15年護身術を教えてきた総合格闘家、ジェイムス・ウィルクス。

UFC(Ultimate Fighting Championship、アメリカの総合格闘技団体)のウェルター級で優勝した彼が、その後に両膝の靭帯を切ってしまうことから映画は展開していきます。

半年の静養が必要になった彼は、復帰する手だてを探すために論文を読みあさります。そこで知ることとなったのが、古代トルコの剣闘士が菜食主義だった、という研究結果です。

「肉体的に強くなるためには、肉を食べるべき」

広く信じられている、そのような栄養学の「常識」とはまるで真逆の事実に、彼は衝撃を受けます。

ちょうどその頃、肉体的な強さ=肉食、という固定概念を揺るがしかねない対戦がUFCで行われていました。朝、昼、晩とステーキを平らげる、大の肉好きのチャンピオンに対し、挑戦者の負傷で急遽対戦相手となった選手は菜食主義だったのです。

「俺はライオンだ!草食のお友達を食ってやるよ!」と息巻くチャンピオン。対する挑戦者はどこか冷静です。

160キロ走で世界新記録を持つ、ウルトラマラソンの王者、スコット・ジュレク。

自転車、トラックレース全米チャンピオン8回達成のD・バウシュ。

世界中の力自慢の祭典、ストロングマンの世界記録保持者で80kgのダンベルを片手で高々と持ち上げることができる史上最強の男、パトリック ・パブーミアン。

人間業とは思えないほどの記録を持っている彼らのようなアスリートは、菜食の素晴らしさを体現している存在と言えるのか?それとも、彼らが単に、肉体的にも精神的にもたぐい稀な強靭さを持つ超人なのであって、菜食はそのおまけでしかないのか?

しかし、どの菜食アスリートも確信を持って、パフォーマンスを向上するためには菜食が最良の選択であることを力説します。

そして、医学や遺伝学などさまざまな分野のスペシャリストたちも、肉食ではなく、菜食こそが人間の体にふさわしく、健康に良いことを裏付ける見解を提示します。

「動物性タンパク質は炎症を引き起こす可能性がある」

「植物性食品はミネラルやビタミンを含んだタンパク源であり、炎症を抑えて腸内環境を整え、身体能力も高める」

「菜食は腱や筋肉の血管を太くし、傷ついた組織を修復。免疫力を高め、感染症を撃退する」

ウィルクスはしだいに菜食がもたらす恩恵はアスリートだけではなく、私たち人類全般にも大きな影響を与えることを理解していきます。そんな折、彼にとって幼い頃からの強い男の象徴である父親が心臓病で倒れてしまいます。手術は成功するものの、再発が危ぶまれる状態に。

動物性食品に含まれる炎症分子は炎症からの回復を損ねるだけでなく、心臓病を引き起こす働きがあることを知ったウィルクス。彼の郷里はチーズやポーク・パイが世界的に有名なイギリスのとある地方都市。そこに暮らす、昔気質で頑固な父親に、果たして肉食をやめ、菜食に切り替えてもらうことはできるのか?

家族など、近しい人の健康を思い、食生活を変えてもらおうとするときに起こる軋轢は経験のある方も多いのではないでしょうか?映画はここから栄養学に関するドキュメンタリーとしてだけでなく、どこにでも存在する、普遍的な家族への愛の物語としての一面も見せます。

それにしても、この映画に登場する数々のアスリートたちの強靭さ、そして、内側からの輝きを伴った肉体の美しさはまぶしいほどです。

特に目を引いたのがスコット・ジュレック。通常なら5〜7ヶ月かかるアパラチア山道を47日足らずでの縦走に挑む姿はまるで求道者のよう。完全菜食で過酷な環境をひたすら走りつづけることだけでももはや奇跡のように思えますが、それももしかすると菜食だからこそなせる技なのでしょうか?そして、彼は新記録を達成することができるのでしょうか?

菜食トップアスリートたちのストイックな挑戦の物語をも描きつつ、巨大な肉食産業の持つ欺瞞にも切り込んでいくこの意欲的な作品には、菜食アスリートの1人でもあり、俳優で元カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツネッガーが登場しています。

彼はこの作品内で、肉のCMに有名人を多用し、「男に肉」という概念を植え付けていたことに対し、

「それはただの市場戦略だ、事実じゃない」

と語っています。しかし、大食品産業の闇に迫ったドキュメンタリー映画『フード・インク』では、食品表示義務を課した法案を拒否する知事としてその名が出ていたことを考えると、少し皮肉な感じがするのは気のせいでしょうか?

観た後は、きっとすぐにでも菜食に切り替えてみたくなる、そんな刺激を与えてくれるドキュメンタリー映画『ゲームチェンジャー: スポーツ栄養学の真実』は2022年1月現在Netflixで視聴が可能です。